「さいごの色街 飛田」を読んだ

東京へ越してきてから、吉原(新吉原)に関する書籍ばかり読んでいて、関西の遊里(色町)を忘却の彼方に
置き忘れそうになっていたところ、「さいごの色街 飛田」(井上理津子/著)を書店で見かけ、手に取ってみた。
目新しい事は書いてないように見受けられたが、やっぱり飛田は気になる場所なので、じっくり読んでみようと思い購入。

Tobita

過去、このブログに何度か飛田新地の事を書いた。(SNSには詳しく書いた)
飛田新地の近くに住んだ事があり、ガキの頃は西成暴動(1990年)を見学に行った事がある。
だから、飛田(と、その周辺)は、様々な感情が交錯する特別な場所なので、
かなりの期待を込めて読んでみたが、遊里史を少なからず学んだ自分にとっては「ありきたりな内容」に思えた。
場所柄、書けない事が多かっただろうし、取材対象は煮え切らない発言ばかりで要領を得ない。(仕方ないよね)
だが、かなり頑張って取材してるし、女性ならではの優しい文体が飛田を単なる「悪所」と感じさせず、
馴染みの無い人にもすんなり読ませる佳作だと思う。
但し、人によっては壮絶な内容と思えるだろうし、性描写もハードだと感じるだろう。


特に、阿部定のくだりは、短かったけど面白かった。
阿部定が飛田新地で働いてたのは知ってたが、何故、飛田へ流れていったのか知らなかったし、
その後、丹波篠山へ流れた事も含めて勉強になった。

あと印象に残ったのは、
・タカヤマさん(著者の友人)が料亭の面接を受け、曳き子(やり手婆)さんに魅せられた話
・飛田に20年通ってるキス好きの男の話
・毎月3千円をNGOに寄付し、フィリピン人の里親になってる姫の話
・ブログで有名になった「まゆ美」ママの話
・38歳で曳き子(やり手婆)になったタエコさんの身の上話


飛田は「遊廓」と「赤線」の雰囲気を残しているし、今もって「色里」という言葉が似合う貴重な場所だ。
(私は昔から「裏世界遺産」と呼んでいる)
張り見世があるから、素見(ひやかし)だけでも楽しい。(後述するが、素見は遠慮したほうがいい)

私は、江戸期の吉原や島原などの遊廓から生まれた「文化」が好きだ。
だから、それらを自分なりの感性で飛田に投影し、町の「雰囲気」を楽しんできた。
飛田には、吉原や島原にあったような重厚な歴史や文化は無いので、通常なら投影出来ないのだが、
張り見世、独特の妓楼建築、昔から残る壁や大門・・・これらを遊廓文化の残骸と思えば、十二分に楽しめるのだ。
そして、近づきがたい・・・昔でいうところの「悪所」特有の妖しい雰囲気に、グーッと吸い寄せられてしまう。


古臭くてダサい言い回しだけど、男のロマン(笑)として、飛田は“魅力的な場所”だと思う。
これからも、ずっと残っててほしい場所なのだが、「さいごの色街 飛田」を読むと、
貧困ビジネスに通ずる部分を改めて思い起こし、やっぱり複雑な気持ちになってしまった。
色里の「負」の遺産が連綿と受け継がれている実態・・・ これは、如何ともし難い悲しい現実だ。

「最後の色街 飛田」のあとがきから、心に残った箇所を抜粋させて頂く。
「民俗学とは、ある地域やある集団が古今共通して共有する『クセ』である」と、民俗学者の神埼宣武さんが、
『聞書 遊廓鳴駒屋』に書いておられる。
本書は「学」ではないが、そういった「クセ」が累積し、多重化した一つの地域の姿を書いたものとして、読んでいただけたらと思う。
 なお、本書を読んで、飛田に行ってみたいと思う読者がいたとしたら、「おやめください」と申し上げたい。
客として、お金を落としに行くならいい。そうでなく、物見にならば、行ってほしくない。
そこで生きざるを得ない人たちが、ある意味、一所懸命に暮らしている町だから、邪魔をしてはいけない」

以上を踏まえ、「素見(ひやかし)」は、絶対にやめようと思った。
以前から何度も書いてるが、私自身は、遊廓から生まれ出でた文化(照明・落語・物語など)が好きで、
それらを調べていくうち、「遊廓の残り香」を感じたくて、方々の色里を歩いてきた。
(登楼したことは一度もないし、これからも無いと思う。先の事は分からないが)
「鯛よし百番」には何度も食事に行って、そのついでに飛田新地の中をグルグル回った。
だが、今度「鯛よし百番」へ行く事があっても、「なか」は見て回らない事にした。
以前から、「冷やかし、物見遊山で行くのはダメだ」と、遊里史を齧った「驕り」から、
友人知人には注意喚起してたのだが、私も「なか」の「客」ではないのだから、行くべき人間ではない。
それに気づけただけでも、この本を読む価値は大いにあった。
井上理津子さん、良書を有難う。

何かメチャクチャな文章になってしまったけど(ブログ書くのは超久々だったので)、
やっぱ飛田が気になる者としては、乱文になっても書かずにいられなかった。
関西に帰ったときは、「鯛よし百番」で宴会しながら、遊廓に関するアレコレを友人たちと語り合おう。


それと、やっぱり飛田周辺は危険な場所という事を頭に入れておいたほうが良い。
幾分平和になったとはいえ、まだまだ危ない人は多いから。
女性も行くべきじゃない。絶対に。(飛田の住民の心情を慮ると同時に、犯罪も危惧されるので)


『追記』
吉村平吉の「吉原酔狂ぐらし」を読んでると、素見も良いかなと思い直してしまった。
だが、一昔前の遊里と今の遊里は性質が異なってるからなぁ・・・難しいところだ。

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2011・気に入った店 BEST10

Yamanoue
同業者と行った店に関しては、写真を撮ってもネットには載せないし、内容も書かけない。(店名だけは書く)
同業者との食べ歩きは仕事の一環であり、大袈裟かもしれないけど、機密事項(特別に作って頂いたもの等)があるから。

あと、プロが、プロの料理を批評するのは反則なんじゃないかと・・・。
前はSNS(主にfacebook)で仲間内で情報交換してたけど(今はGoogle+)、
やっぱり厨房や店じゃないと「誤解」が生ずるので、ネットじゃダメだね。

プライベートで食べに行った時は別だと思って、SNSや、このブログにも少し載せたことがあるが、
何だか忌まわしい行為だと思えてきて、殆ど削除した。
ただ、美味しかった店は、「忘備録」として載せる事があるかもしれない。 
但し、「リピートしたくない店」は載せない。

今年、気に入った店。(同業者と行った店なので、店名のみ)
※順不同です。ランキングではありません。

1・サラマンジェ(虎ノ門)
2・北島亭(四ツ谷)
3・コバヤシ(平井)
4・ル・シズィエム・サンス・ドゥ・オエノン レストラン (銀座)
6・シェ・イノ(京橋)
7・インカント(広尾)
8・鰻いづみ(葛飾・青砥)
9・割烹・喜作 (麻布十番)
10・龍天門(恵比寿)

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黄色い世界  TOKYOの冬

めっちゃ久々の更新・・・ 
というか、東京に来てから怒涛の日々で、ネタは溜まりに溜まってるんだけど、
「伝えたい!」という気持ちになれなくて(不精になった)、なかなかUPする気が起きず。

でも、このブログは、ずっと続けていきたいと思う。
誰も見てなくても、「自己満足の世界」は持っておくべき。
またいずれ、モチベーションがUPしたとき、色々書くかもしれないし・・・
以前のように頻繁な更新は無いけど(やる事が山のようにあるので)、
もし、このブログをBMしてくれてる人がいてくれたら、死ぬほど嬉しいです。


仕事帰りに、銀杏の絨毯の上でパチリ。
Yellow
東京の街は、銀杏が多いので、「錦秋=銀杏」って感じ。 これもまた、雰囲気があって良い。
毎秋、京都の燃えるような紅葉を見てきたので、東京の「黄色い世界」が新鮮に感じる。
大阪・御堂筋の「黄色い世界」も好きだが、東京の方が、もっと黄色い。

やっぱ、BGMは「枯葉」でしょ。

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愛読書

北島シェフの本、毎日じっくりと、大切に読んでます。
Photo
こういうオーナーシェフの個性が詰まったフレンチって、なかなか無いような気がする。だから、凄く貴重。
ネット(ブログや食べ●グ)などで評価を見てみると、賛否両論。 それは、決して悪い事じゃない。
癖の強い店は、賛否あって然り。
色んな感情を湧き立たせてくれるのが、名店の名店たる所以だと思う。
北島シェフの強い気持ちが、料理にそのまま投影される・・・ 食べる事=極上のSEX(命の営み)と感じさせる技術とセンス。
いや、エロティックさは欠けてるかもしれないけど、肉感タップリのセクシーな料理群は、口中を至福と快楽で満たしてくれる。

A
ちょっと行き詰まってた料理思考が、この本を読んで「LOVE注入!!!」された感じ(笑)。
いや~ 料理やってて良かった。
客として料理と対峙するのも最高に面白いんだけど、作り手として料理に対峙するほうが、実は何倍も面白い。
ただ、そこへ行き着くまでには、相当キツイ思いや経験を重ねないといけないんだが・・・
まだまだ青二才なんで、こんな事を書くと同業者に笑われるかもしれないが、それでもいい。素直な気持ちだから。

A_1
マイナスをプラスに変える発想、悪条件の中で働く事の大切さ、年齢関係なく好奇心満タンで学び続けること、
体力は落ちても経験とスピードはUPしてゆく等・・・北島シェフの哲学が、身に染み入ってくる。
いまだに自分の事を「50歳にしてハナタレ小僧」と言う、果て無き向上心。

~以下、北島シェフの言葉~
『繰り返しになるけど、フランス料理というものは本当にキリがない。
料理、デザート、パンと仕事は多岐に渡るし、どれも手間がかかる。
でも、そのぶん追求していくだけの奥深さと面白さを持ち併せている。
僕の場合、最近になってようやく少し料理が出来るようになった気がする。
「50歳にしてハナタレ小僧」とはよく言ったもので、
今までいろいろ教わったり経験したりしたことを、なんとか自分なりに生かせそうかな、
もっと自分らしい料理が作れるかもしれない、と思い始めたところ。
ようやく料理を作る下準備が出来て、スタートラインに立ったというのが実感だ。
年齢を重ねるごとに体力は衰えるけど、経験を積んだぶん技術は上がってくるのがこの仕事。
今はもっともっと自分の料理を追及したいという気持ちでいっぱいだ。

A_2
料理以外にもやりたいことはある。
たとえば、もっと給料を上げて働く人の生活をよくしていきたい。
僕自身はこの仕事で「儲けよう」なんて思ったことは一度もないし、
汗水たらしたぶんだけの収入が得られればいいという考えだけど、
頑張ってくれる人には人並みの生活をしてほしい。
だからメニューにしても、昼はランチ用のコースも用意しているが、
最近は夜と同じ内容の1万500円のコースを勧めている。
わざわざこの店を選んでくれたお客さんに、より良い物を出したいと言う気持ちもあるし、
そうしてお客さんに喜ばれて、しかも単価が上がって皆の生活を上げていけるなら、
それに越した事は無いと思う。
------中略-------

A_3
今はこういう時代だからカジュアルな店が増えてるけれど、
いつまでも「安くてたっぷり」ばかりでは自分たちの首を絞めることになる。
若い人が店を持つ時には、こういう事も考えたほうが良い。
正直、フランス料理は手間がかかるわりに売り上げがそれほど上がらない、
と、もどかしく思う事もある。

A_4
僕が毎日築地に行って思うのは、魚にしても野菜にしても、
日本にはもう充分いい素材が揃っているという事。
魚なんかフランスとは比べ物にならないくらいだ。
でも個人の店では、それを一皿に仕立てる時に、人手の面で限界がある。
ただ茹でるだけ、焼くだけなら誰でも出来るし、フランス料理としての魅力・面白さに欠ける。
でも、現実的に小さな店ではあまり手をかけられない。
そこで僕が思うのは、必要以上に手をかけずとも、料理人の感性を感じさせる、
面白味のある一皿に仕立てる為のアイデアやテクニック、
素材の組み合わせや調理法、味つけなどを各自が確立し、実践していかないといけないという事』


まだまだ素晴らしい言葉やアイデアがビッシリ詰まってるので、
プロのみならず、料理に興味のある方は購入されては如何かと。
一生の宝になると思う。

「ア・ラ・ミニュート」スタイルの店、いつかやってみたいなぁ・・・
試作では、いつもア・ラ・ミニュートなんだけど、本番でやるのは相当難しい。
ただ、かなりエキサイティングで面白いことは確かだ。。
センスもスピードも、それによって磨き続ける事が出来るし、
料理人にとっては、この上なくレベルアップに繋がる方法だと思う。
もっともっと頑張らねば!!!

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江戸の夏

神田明神の門前にある老舗「天野屋」で、暑気払い。
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江戸の雰囲気が感じられる素晴らしい名店。
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リピート必至!  和カフェの最高峰だと思う。
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ネタが山ほど溜まってるけど、やる事が多すぎてUPする時間が無い。
美味しい物を沢山食べ、色んなところへ行き、好きな人と会い・・・
関西にいた頃も、書きたいことの10%も書けなかったけど、
東京では全くと言って良いほど書けてない。
ネタがありすぎると、ブログやSNS以外でササッとアウトプットしてしまう。
それがいけないのかも・・・

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「剛腕」の称号が最も似合う男・伊良部秀輝、逝く

千葉ロッテ、NYヤンキース等で活躍した元プロ野球選手・伊良部秀輝が亡くなった。
朝、ツレから第一報を聞いたときは(まだ寝てた)、信じられず、夢でも見てるのかと・・・

自ら命を絶つという最期・・・
幾多のトラブルや、その豪快な野球人生を思うと、「伊良部らしい最期」だと思ってしまった。

エクスポズ時代の笑顔。
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画像検索すると、ふてぶてしい表情の画像ばかりだが、本来は、このような笑顔の似合う男だったんじゃないかと。

何かの番組で解説のようなものを聞いたとき、卓越した理論の持ち主と感じたし、語り口が滑らかで聞きやすかった。
めちゃくちゃ頭の切れる人だったと思う。 BSの野球中継で、彼の解説を聞いてみたかったなぁ。
きっと、歯に衣着せぬ物言いで、独自の野球理論を展開してくれただろう・・・ 本当に勿体ない。

尼崎で小中を過ごしたからか、関西弁が時折出ていた。
故に、ユーモア精神も持ち合わせていただろう。
それなのに、自らの人生にユーモアを持ち込めず、自分自身を追い込んでいったのだろうか。
私自身は、彼特有のコダワリ(美学)が、彼を死に向かわせたのだと思う。
その美学と言うのは、「中途半端に生きたくない」という事だと・・・ 勝手に思っている。
上にも書いたが、この幕引きは、伊良部らしいと、改めて思う。
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尽誠学園時代の伊良部の大ファンだった。
今でも良く覚えてるのは、甲子園で魅せた勇姿。
特に、2年生時に対決した東海大五との熱戦(接戦)と、3年時の浦和学院戦。
東海大五戦は、まだヒョロッとした体型の伊良部が頼りない感じで、その端正なマスク(イケメンだった)が
散りゆく大型投手の儚さを思わせ、何か劇画の中のヒーローのように感じた。
3年時は、体が一回り大きくなって、MAX148キロの剛腕投手として甲子園に帰ってきた。
高校通算83本塁打(当時の1位)の怪物・鈴木健を力で捻じ伏せ、強打・浦和学院を抑え込んだ力投は圧巻だった。
プロに入ってからも、清原に150キロ台後半の剛速球で挑むなど、数々の剛球伝説を作った。
MLBに渡ってからの快投も記憶に新しいが、もう少し万全な体調で過ごせたら・・・
それでも、最強だったNYヤンキースのローテを守り、月間MVPを2度も獲ったのは凄い。

以下、週間SPA(7月19日号)の最新インタビューから。
【MLB行きの時の騒動について】
ヤンキース入りを約束してくれてた球団(ロッテ)が、勝手にパドレス行きを決定。
伊良部が、それを突っぱねたところ、新聞が「ワガママ伊良部」と書きたてた。
ルール違反をしてまでMLBに行こうとは思ってなく、ルールに則って1年間浪人すれば、
任意引退選手となり、どこの球団とでも交渉できる。
そうしたいと思い、記者の人たちに、重要な事は曲げないで書いて欲しいと資料を渡した。
だが、事実と違う事を書かれ、野球のボールはコントロール出来るが、メディアはコントロール出来ないと思ったそうだ。

【父親がアメリカ人とは知らなかった】
父親を探しにアメリカへ行くという報道はウソで、アメリカに行くまで父親がアメリカ人とは知らなかったという。
ヤンキース入団後・・・98年のキャンプの時、球団から連絡があって、父親と名乗る人が来た。
ビックリしてすぐ母親に確認したら、父親がアメリカ人という事は事実だと言われる。
(父親に対しては、これといった感情は生まれなかった)

【メジャーを意識しだしたのはいつ?】
中学の時、TVでサイチェル・ペイジというピッチャーが亡くなった時の特番を観て度肝を抜かれた。
長身のピッチャーで、ムチの様にしなる体。 物凄く細いが、全身を使って投げる。
あんなふうになりたいと、さんざん真似したそうだ。
ロッテに入ってからも、6年間は彼のように投げたいと思っていた。
彼以外でも、自分と同じくらいの身長(190cm)のピッチャーがどのように体を使うのか研究しようとすると、
日本にはいないので、どうしてもメジャーのピッチャーになってしまう。クレメンスとかグッデンとか。
当時はメジャーの映像を観る機会がなかなかないので、雑誌の分解写真を観て、どうやって投げてるのか、
いつも考えていた。
ヤンキースに行きたいと思ったのは、常にワールドチャンピオンを狙える強豪だったから。
「野球のユニフォームを着た人間なら、ワールドチャンピオンのチームでやりたいと思う」と。

あと、横の変化球が投げられなかったから(投げなかった)、勝ち続けられなかった事とか、
勝ち負けに繋がらない速球はいらない等・・・伊良部の野球論が続く。
球の出所が見づらいピッチャー(杉内の名を挙げた)を褒めたり、星野阪神時代について語ったり、
NPBに帰ってきたとき、不自然なほど飛ぶボールに疑問を持ったり・・・
そして、事業(うどん屋)の事、腱鞘炎の事(スライダーのせい。今でも布団をめくるだけで痛い)、
監督の器ではない事、コーチならやってみたい(ここでも伊良部独自の論)、日本に帰りたいetc・・・

伊良部がコーチをやれる環境があったら良かったのに・・・と、つくづく思う。
彼は、アウトサイダー的経験から、自信の無い選手の気持ちを汲む「技術」があっただろう。
勿論、投球術に関しても一家言持ってたから、良いコーチになれたんじゃないかと。
数々のトラブルさえなければ、その可能性もあっただろうが・・・。

とにかく、素晴らしい選手だった。  合掌。

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第45回・葛飾納涼花火大会!!

いや~ 迫力あった!!!
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夕涼みがてら、葛飾の花火大会へ行く。
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柴又帝釈天の参道は、ごった返して凄い人出。
先々週、柴又で遊んだばかりなので(また今度書きます)、河川敷までの道程はスイスイっと!


最高の場所を確保し、迫力満点の花火を愛でるぜ!!!
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ほんっっとに迫力満点でキレイだった。
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夜の参道の雰囲気も良い感じ。
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ビール飲みながら、川魚料理でもつつきたかったが、家で最高級牛丼が待ってるのでw ガマン、ガマンww
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しかし、葛飾あたりは雰囲気が独特。
関西のあちこちと脳内で比較してみたが、どこも被るような所は無い。
あえて言うなら・・・少し武庫川に似てたかな。

去年は、関西を離れる前に、西宮のお姉さん親子と宝塚の花火大会へ行ったなぁ・・・
あれから1年か。 早いな~。

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土用の丑の日

7月21日は、土用の丑の日だった。
Unagi
去年は神戸のS信で頂いたけど(mixiに書いた)、今年はツレが買ってくれた静岡産の鰻を・・・   旨かった!感謝感謝。


関西風の地焼きも良いけど、東京の蒸しも良いよね。
いや、ほんまもんの東京の鰻を食べてないので(伊豆栄のテイクアウトは頂いたが)、
東京の鰻のタレと、蒸し具合を知らない。
いろいろ調べて、特攻かけなくちゃいけない・・・ 「色川」とか「初小川」が気になる。
一応、「尾花」も行っといたほうが良いかな。

ま、鰻もメチャメチャ奥が深いので(鰻の産地、養殖or天然、キュイッソン)、追求し甲斐がある。
今年は、もう一度土用の丑の日があるので、白焼き攻めてみよう。

しかし、台風が去った後の涼しい事!!
エアコンも扇風機も使ってない。
夜だけは23度くらいにならないかな・・・

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アウトローを演じさせたら世界屈指  原田芳雄、逝く

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名優・原田芳雄さんが、天国へ旅立った。
つい先日行われた映画の舞台挨拶のとき、異様なほど痩せ衰えてたので、もう長くないな・・・と思ってたのだが。

大作で主役を張らなかったが、紛れもなく日本を代表する名優である。
アウトローを演じさせたら、彼の右に出るものはいなかったし、
独特のポジションを確立した稀有な存在感は、唯一無二だった。

男の色気や野性味が、これほど芬々と溢れてた役者を他に知らない。
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(画像は、傑作「はなれ瞽女おりん」より)

緒形拳さん、峰岸徹さん、児玉清さん・・・そして、原田芳雄さん。
立て続けに、素晴らしい俳優たちが天国へ旅立ってゆく。

「また一人、本物の役者がいなくなった」・・・とは言いたくない。
これから先、若い役者が頑張らないと!
映画やドラマが死に体の今、良い役者の育つ土壌が少なくなってきてる。
だから、原田さんのような役者が生まれる可能性は、皆無に近いだろう。
でも、どんな環境でも頑張らなくちゃいけない。
昔の日本映画を観て、その輝きを感性に刻み付けて頑張るんだ!


時間が出来たら、大好きな「竜馬暗殺」を観よう。
原田さんが主役を張った作品の中で、一番好きだ。
Ryoma
あと、不気味な殺し屋を演じた「いつかギラギラする日」の演技も忘れられない。

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なでしこジャパン世界一!!!!!!!!!!!!

とんでもない試合だった・・・  まるで、映画の世界。
こんなことがあって良いのか!

なでしこジャパンおめでとう!!
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2度追いつき、PKで粉砕。 
最強アメリカに、初めて勝った試合がW杯の決勝とは、何て、何て痛快なんだろう。


岩清水梓選手の、東北へのメッセージ。
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今夜は祝杯だ!

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