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魯山人

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昨夏、北大路魯山人の作品に触れる機会があった。

ぶっちゃけ(死語)、俺の美的感覚はかなり
頼りないので、魯山人の作品の魅力について
上手く語る事が出来ない。

・・・が、その破天荒な生き方(諸説紛々あるものの)や
美食に対する飽くなき探究心を某書で読み、
感化された事がある。

「その隆々たる作品から、
圧倒的無頼な魅力が伝わってくる」
・・・というふうに言い表す事しか出来ない。

本当に凄いものを目の当たりにすると
言葉を失うのが最高の感動の状態なのだろうが、
やはり素晴らしいものは言葉で人に伝え、
その歓びを共有したくなる。

そこで、どれだけ素晴らしく魅力的なのかを
簡潔且つ、嬉々として伝えたいのだが、
色々な想いが頭の中を暴れまわって、
ソレが言葉として出てこないもどかしさに
地団太を踏んでしまうのである。
悔しい。



魯山人の書についての価値観や評定は
以下のように、シンプルである。

「出るものが故障なく出る。書はそれでいいのである」
「書は愉快に生きていなければいけない」
「うまい字はたくさんあるが、よい字というものは少ない」
「いい書はすべて優雅である」
「一茶の書など、その情味において
人の涙をそそるものがある」
「うまい書は夕顔棚の下で涼しい顔をしておるような、
呑気に、洒々としている」

・・等々、ほとんど詮索するところがないほど単純であり、明快。

成る程、明快でいいのだ。
難しく考えるから、愉しめなくなる。
シンプルに愉しむことこそ、芸術の根本なのだ。
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