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伏見ハイク 【寺田屋】編

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先日書いた、長建寺の前。

観光客に人気絶大の十石舟が波を立てている。
交通の要所だったから、さぞかし栄えたんだろうなぁ。
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15分ほど歩く。
この橋を渡ると、あの「寺田屋」がある。

今まで龍馬に関する史跡は大体回ったが、伏見は初体験。
(中書島遊郭跡には来た事があったけど)
高知・東京・京都は何度も行ったし、長崎・下関にも行った。

京都へは500回くらい通い、3年住んだのに、伏見だけは未開の土地だったのだ。
何故訪れなかったのか?
実は寺田屋が・・・・・やめとこ。

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でも、やっぱり感動した。
もっと早く来るべきだった!
この“場所に”、「龍馬」や「おりょう」や「お登勢」がいたのか。
あの「寺田屋騒動」が“この場所”で・・・。
勿論、「坂本龍馬&三吉慎蔵 VS 伏見奉行配下」を思い出し、血湧き肉踊った。
・・・・結局、ミーハーじゃん(笑
大●光や武田●矢くらいだろ、今どき騒いでるのって・・・w

やっぱり中へは入らなかった。
一生入らない・・・かもしれない。(また来なきゃいけないけど)

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きちんとリスクを背負い、一生懸命夢に向かって頑張っている人は、
この言葉が胸に沁みるでしょうね。

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これに近い風景を、龍馬達も見たかもしれない。

四方山話を少し・・・
私は、望月亀弥太が好きだ。
龍馬が可愛がった男である。

その手紙の美しさ・格調の高さには感動させられる。
※↓池内蔵太の母に宛てた手紙の冒頭と末尾
【木の葉にみだるるのをりに逢、御国許のありさまきくに袖をしぼりあへず・・・
命しなずば又こそ申上め】
・・・・・この男だけは亀山社中に入れなかった。
池田屋で新選組と闘い、路上で腹を掻き斬って死んでしまう。
短くも、激しい人生だった。

たまたま池田屋へ遊びに来ていて闘死した、長州藩の吉田稔麿も好き。
そういえば忠臣蔵で有名な四十七士・大高源吾の子孫もいたんだな。

ちなみに、私の母方の家紋は浅野内匠頭と同じです。

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