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興福寺・五重塔

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『奈良が大いなるまちであるのは、草木から建造物にいたるまで、
それらが保たれているということである。
世界中の国々で、千年、五百年単位の古さの木造建築が、
奈良ほど密集して保存されているところはない。奇蹟といえるのではないか』


良くも悪くも多くの日本人に多大なる影響を与えた大作家・司馬遼太郎の
著書から引用させていただいた。
(“悪くも”・・・と、いうのは、「司馬史観」に傾倒し過ぎた人達が、
史実とフィクションを混同して歴史を考えるようになったという事)


奈良は、市内はもとより、奥山にも魅力がある。
私は一時期、吉野や十津川、天川にハマったことがある。
奈良の奥山には、「歴史・文学・美術・宗教」などが、
その連なる山や深い谷に相重なっていて厚いベールに包まれており、
宗教心・誌的観念を持って訪ねるには、世界屈指の土地だと思う。

話がそれたけど・・・興福寺である。
奈良公園から奈良ホテル(興福寺塔頭の大乗院・庭園跡)にかけての
主要な一体は、全て興福寺の境内だったそうだ。

もともと興福寺は別の場所にあったが、現在の地に移って来たのは710年(和銅3年)。
度重なる落雷・兵火・戦火の為に焼けたが、藤原氏の経済力によって再建を繰り返した。

写真の五重塔(昨年夏撮影)も、何度か焼けた。
現在の塔は、室町時代のもの。(十分、すげぇな)

司馬遼太郎が、この五重塔のことを、このように語っている。
「この塔は、遠望すれば奈良の風景に欠かせぬアクセントになっているが、
造形的には奈良に残る様々な古塔とくらべて、優美の点でやや欠ける。
たとえば天へ舞い立つ力学的な華やぎ、あるいは軽快さという点で劣り、
無用に重々しすぎる」

この五重塔、たったの二十五円で売りに出された事がある。
もう少しで商人の手に渡り、危うく薪にされるところだったが、諸事情で頓挫した。

かの悪名高き「廃物毀釈」の煽りを受けての「珍事」だったのだが、
明治政府最大の愚行による「珍事」は、当時の日本中で発生していたに違いない。

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