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【第1256回・東大寺・修二会】---都路を燃やす炎の祭典---

先日、念願であった東大寺・修二会へ行ってきた。



近くて遠い奈良・・・

自宅から電車で1時間ちょっとなのだが、あまり行く機会が無い。



京都と奈良を同列に語るのは好きじゃないが、

京都は誰でも普段使い出来る、バラエティに富んだ街なのに対し、

奈良は相応の知識と美意識を持って臨まなくてはならない街である。

(但し、本気で京都を知ろうと思ったら、かなりの資金と人脈が必要になる)



奈良は、アレックス・カーが言うように、「自分で考えなくてはならない街」でもある。

京都のように、手取り足取り甘やかせてくれる街ではない。

だから、奥が深い。

観るべきものが多すぎるし、これほど歴史が根付いている所は他に無い。

但し、食べ物が美味しくないという欠点がある(笑)。





さて、修二会。

本当は、クライマックスの「お水取り」に行きたかったのだが、

怖ろしいほどの人出という事なので、諦めた。



奈良在住の友人と奈良公園~東大寺大仏殿に行き(また今度書きます)、

可愛い鹿と遊びつつ、二月堂へ行く。





例年だと全身が凍るような寒さなのだが、この日は暖かく、時折、小雨が舞っていた。



5.jpg



1時間前で、↑この人出・・・凄い熱気だった。

お水取りの日は、最低でも3~4時間前には場所取りが必要らしい。

修二会は千年以上もの間、一度も休むことがなく、

しかも前例に違う事もなく、同じ動作が懇々と繰り返されてきた。

あの大東亜戦争の最中は勿論の事、

日本史上屈指の蛮行・廃仏毀釈の最中にも行われていたのである!

更に驚くべき事に、戦国乱世の頃や、応仁の乱(!)、

鎌倉幕府成立の頃にも行われていたのだ・・・何て凄いんだろう。

この日記を読んでいる方は、良く考えてみてほしい。

これは、本当に凄い事だ。



1.jpg


さて、開始時間の午後7時だ!

場所が二月堂の端っこだったので(それでも奇跡的に良い位置が確保出来た)、

大松明が現れた瞬間をカメラに収めることが出来なかった。

それにしても、この時の観客のどよめきと熱気は強烈であった。



2.jpg


さあ!

大松明が二月堂の舞台を照らす!

私の超・ヘタクソな写真では全く伝わらないけど、

物凄い迫力と神聖な雰囲気が、辺り一体を興奮の渦に叩き込む!



3.jpg


大松明の火の粉が、ザーーーッと降って来る!!!



私のコートが、灰で真っ白になった(笑)。



本当に来て良かった。

千年以上も続く行事だけの事はある。



心の底から“有難い”と言う気持ちになれるし、

観客達と一体になれる独特の高揚感は、

超大物アーティストのライブよりも、ずっと上だ。





4.jpg






---------以下、司馬遼太郎先生の著書より----------



修二会に加わる僧(連行僧)は、11人と決まっている。

その人命と役割が前年の12月16日に発表されると、

結願の3月15日早朝までの間、一山は四百年を一昼夜に圧縮するほど忙しくなる。



連行をしたところで、いっさい金銭で償われることは無い。

また寺としても他の社寺の行事のように、

参観料や入堂料などが入ることが無い。

東大寺が人から金を取るのは大仏殿や三月堂に入る時だけであり、

他は、山内を自由に歩いても良い。

「東大寺は大仏があるから、十分な利益があるじゃないか」

と言う人がいるが、それらの収入は名門・東大寺学園の経営や

東大寺図書館の出費に当てられている。

欲に呆けたような社寺などから比べると、当節、東大寺の僧たちは、

上代の僧院のにおいをまずまず残してるといえるのではないか。

この寺の僧の顔つきは、いつも思うのだが、世間の僧に比べて数段良い。

「大仏に食わせてもらってるおかげだ」と言う人もいる。

しかし、人間の相というものは食わせてもらえれば良くなるという物ではない。

天平以来の伝統がどこか生きてるためであり、

その伝統の芯というのは、千数百年以上も修二会を

繰り返しているところにあるかと思える。

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