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興福寺・五重塔・Ⅱ

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世界中の国々で、千年、五百年単位の古さの木造建築が、
奈良ほど密集して保存されている所は無いと思う。
(これは、奇蹟的な事と言える)

奈良は、長安の都が「冷凍保存」された都市と言っても、差し支え無い。
だが、中国人が奈良に来ても「中国にいる」という感じはしないだろう。
何故なら、唐以後の中国の建造物の外観や内部装飾が激変したからである。
(唐代は、奈良の古寺に見られるような宮殿が並んでいたのだろう)

ところで、写真の興福寺・五重塔。(【修二会】の帰りに撮影)
こういう塔は、中国に無い。
唐代にも、日本の仏教建築の重要な特徴である木造五重塔は存在しなかった。

興福寺は、廃仏毀釈で堂塔伽藍の殆どが破壊されるまでは、
(と言うか、興福寺自ら興福寺を手放したのだが)
東大寺よりも規模が大きかった。
いま、私達が癒されている「奈良公園」や「奈良町」等の
広大な空間のほとんどが、興福寺の境内だったのだ。
(名門「奈良ホテル」は、興福寺の代表的な塔頭・大乗院庭園址に建っている)

興福寺五重塔は創建当時のものではないが、それでも室町期のものである。
この塔は、明治政府最大の愚行・廃仏毀釈の煽りを受け、
たった25円で売りに出された事がある。
入札した商人は、最初、薪にしようとしたが、解体するのに莫大な費用が掛かるのを知り、やめた。
そして、金になる金具だけを外そうとしたが、これも人件費が掛かるのでやめ、
塔を焼き払って金具だけ拾おうと目論む・・・
だが、付近の住民達が「火の粉が飛んで町中が火事になったらどうするんだ」
と抗議したため、結局、買うのをやめた。

今、我々が興福寺五重塔を仰ぎ見る事が出来るのは、
奈良住民の抗議のお陰だと言っても過言ではない。
それと、廃仏毀釈という狂気の沙汰を反省し、「古社寺保存金制度」を
実施した明治政府の「気付き」(遅いけどね!)のお陰である。


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(以下、司馬遼太郎先生の著書より抜粋)
『この塔は、遠望すれば奈良の風景に欠かせぬアクセントになっているが、
造形的には奈良に残る様々な古塔とくらべて、優美の点でやや欠ける。
たとえば天へ舞い立つ力学的な華やぎ、あるいは軽快さという点で劣り、
無用に重々しすぎる。
----------中略----------
が、私は、この塔の重すぎる感じも、すてがたいと思っている。
猿沢池をへだて、水を近景として、むこうの大地を見たとき、
ずっしりとまわりをおさえこんでいるのは、この塔である。
薬師寺東塔の瀟洒な、天女が奏でるような形がそこにあっても、
大観の抑えがききにくいかと思うのである。
「この塔でいいんだ」
私は、塔の精霊のために、ふりかえってそういった』

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