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1995年・1月17日・午前5時46分

昨日の事のように想い出す。





当時、私は、神戸の彼女宅にいた。

午前5時46分・・・・・・・・・

突然、下から「ズドーーーン!」と突き上げられた後、

屈強なプロレスラーに両手両足を掴まれ、

グルングルン振り回されているような感じだった。





一瞬の静寂の後、大きな余震。

このとき、人生で初めて「あ、死ぬ!」と、思った。



とにかく、何が起きたのか分らず混乱してたが、

メチャクチャになった部屋から、這いずるように脱出。



外に出ると、

ガス漏れの匂い、

叫び声、

爆発音・・・

マジで怖かった。

真っ暗で何も見えないし。



マンション前の公園に行くと、住民たちが「?」顔で集まっていた。

皆、状況が掴めてないようだった。

その時の私は、シャツにトランクス、素足に革靴という情けない格好で震えていた。

隣にいた彼女が、それを見て冷笑していたのを、良~く覚えている。



周りが明るくなるにつれ、凄惨な状況が分ってきた時の恐怖・・・

家は潰れ、道路は陥没し、あちこちで火災が発生している。

救急車のサイレンが鳴り響き、ヘリが上空を行き交う。

パニックで狂乱する人もいて、まるで戦場のようだった。

真っ黒な噴煙と粉塵の中を歩き、とりあえず近くの小学校へ避難。

校庭に布団を敷き、皆(彼女、隣室の子)で手を繋いで寝た。

一晩中、余震の恐怖に震えた。

地面が轟音を立てていて、このまま地球は滅亡するんじゃないかと思った。

(情報が無かったので、妙な妄想が膨らんでたし)



翌朝、自宅マンションまで歩いた。

道がボコボコ、建物はぶっ潰れ、風景が一変している。

どこがどこだか、さっぱり分らない。

ようやく自宅近くの公園を見つけたとき、ゾッとした。

街が壊滅状態で、空襲に遭ったような感じである。

(後の新聞発表によると、80%以上の建物が全壊だった)

自宅が潰れてるのを覚悟したが、奇跡的に立っていた。

荷物をバッグに詰め、そのまま大阪へ脱出。

大阪と神戸は目と鼻の先なのに、街は平和そのもの・・・

あれにはビックリした。



極限状態になると、人間の本性が露になる。

ここには書けない事が沢山ある。

人の優しさに触れることも出来たが、厭らしい部分も一杯見た。



活断層の真上で経験した震度7強の恐怖…

13年経った今でも鮮明に覚えている。





亡くなった方々の御冥福をお祈り致します。





自衛隊の方々にも、深く深く感謝したい。(泣けます)

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