« ロケ地~ 大阪最強伝説・喧嘩の花道―その3 | トップページ | 最高の魚介類を堪能! 南伊予の春(その2) »

海が綺麗だ! 南伊予の春(その1)

先月の下旬、大事な用事があって、愛媛の宇◆島へ・・・。

こちらは、松山から程近い瀬戸内海。 愛媛は、瀬戸内海、豊予海峡、豊後水道、宇和海など、豊饒な海域に恵まれている。
Photo
これまで様々な土地に住んだけど、心を全て開放出来るのは愛媛かも。


私が尊敬する人物に、ドナルド・キーンという偉大な日本文学研究者がいる。
(コロンビア大学名誉教授。文芸評論家。勲等は勲二等。2008年・文化勲章受章)
1
交流のあった作家は、三島由紀夫、谷崎潤一郎、川端康成、吉田健一、石川淳、安部公房など超大物たち。

そのドナルド・キーンが、宇▲島について、こう語っている。 (名著【碧い眼の太郎冠者】より抜粋)
「宇◆島は位置として世界有数の美しい町だと思う。
四方に山があって、オーストリアのインズブルックを思わせるが、段々畑になっている宇★島の山の方が綺麗である。
そして海も見える。港はフランスの南部のサン・ジアン・ド・ルースに劣らないで絵のように美しい。
私が市長なら、港べりの家並を鮮かな明るい色で塗らせて、店の看板をフランス語で書かせて、
適当に花とベンチを配置させて、日本の地中海と宣伝する。
それで宇●島駅で降りる画家らしい人たちにベレー帽と桃色のシャツを上げたら、
フランスまで行けない芸術家は宇■島に殺到するだろう。
東京から遠いには違いないが、フランスはもっと遠い。
宇★島から南へ行くならバスだけがある。別に何も異常な景色を期待していなかったが、
バスの窓から見た四国の海岸は見事であった。
海と川、山と平野、綺麗な村と淋しい無人の地----変化極まりない旅であった。
清水に着いたときもう暗かったが、頭はまだ色どられた数々の景色で一杯であった」
Uwa
            (この写真↑は拾い画像です。不都合があればお知らせ下さい)


海が一望出来るカフェから一枚。
3


やっぱり、宇◆島の海は最高に美しい。
4


5

宇▲島の桜は、日本一咲くのが早いと言われています。
6

因みに、幕末の外交官アーネスト・サトウは、宇▼島での出来事を、こう記している。
Photo
以下、【一外交官の見た明治維新】より。

「われわれは鹿児島を出発して、翌日の11時に宇■島湾に投錨した。
美しい湾が、ほとんど陸に取り巻かれており、2000フィートまでの高低様々な山に囲まれていた。
町の東側の直ぐ後ろに、鬼ヶ城、すなわち「悪魔の城」として有名な高い峰がそびえて立っている。
---中略---
私は別れを告げて、町へ行った。
町では、「骨董」あさりをしている艦の士官3名に会った。
黒山のような群集が、どこへ行っても私たちのあとからついてきて、衣服にさわったり、
いろいろな質問を発したりしたが、それらの態度は至って丁寧だった。
私は、日本人に対する自分の気持ちが、いよいよあたたかなものになってゆくのを感じた。
---中略---
隠居(伊達宗城)は顔だちのきつい、鼻の大きな、丈の高い人物で、年齢は49。
大名階級の中でも一番の知恵者の一人だと言われていた。
---中略---
隠居が立ち去ってから、この2人の君候の妻子たちが艦へやってきた。
彼女らは少しも私たちを恐れる気色がなく、ヨーロッパの淑女と同じくらいの心安さで、気持ちよく話をした。
---中略---
それから一同は、城外にある御殿、すなわち、藩主の御屋敷へおもむいた。
部屋には、金箔の立派な折りたたみ式の屏風が四方に立てまわしてあった。
部屋の一隅に特に大きな屏風があったが、これは偉大な太閤様(豊臣秀吉)から
自分の祖先が拝領した品であると、藩主が説明した。(※現・重要文化財。約10数億円の鑑定額)
---中略---
見事なごちそうが用意されていた。
料理は一皿ごとに美しく装われていたが、中でも一番趣向をこらしたのは、羽毛がそっくり生えたままの野鴨であった。
その鳥は、泳いでいるとも、また飛んでいるとも思わせるような仕組みになっていて、
ぴんとはね上がった両翼の背の上に、焙った肉の細かく刻んだのがのせてあった。
別の皿には、大きな伊勢海老や、儀式には付きものの大きな鯛の焼き物がついていた。
---中略---
そのとき、人妻や、そうでない女も交じった美しい女の一群、ハレムの美女たちが入ってきたので、話は中断された。
子供たちも、みんな入ってきた。 私は、全部の婦人を相手に酒を飲まなければならなかった。
しまいには、頭がどうにかなりはせぬかと、心配になりだした。
楽器がはこばれた。どんどん酒が出て、親睦と歓楽は大いに増したが、おかげで政治的意見の交換はふっ飛んでしまった。
隠居は歓楽に有頂天になって、もう話をしようとはしなかった。
---中略---
音楽がはじまった。
一座を見まわすと、艦長を送り出して戻ってきたアーガス号の一士官が日本の踊りをやってるのが目についた。
私がホーンパイプを踊ってくれと言うと、彼はさっそくやり出した。
すると、49歳という分別ざかりの前藩主(伊達宗城)が立ち上がって、ふらふらと士官の前へゆき、
袴を両手でたくし上げて、足取りをまねようとした。 この戯れは、2人の家老にまで伝染した。
この2人が前藩主に加わって、3人手を組みながらリール踊り(訳注・スコットランドの舞踏の一種)をやり出した。
---中略---
私は親切に気持ちよく待遇してくれた宇▲島の友人たちと別れなければならぬ名残り惜しさで、胸がいっぱいになった。

|

« ロケ地~ 大阪最強伝説・喧嘩の花道―その3 | トップページ | 最高の魚介類を堪能! 南伊予の春(その2) »

旅&史跡巡り」カテゴリの記事

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1328421/33997050

この記事へのトラックバック一覧です: 海が綺麗だ! 南伊予の春(その1):

« ロケ地~ 大阪最強伝説・喧嘩の花道―その3 | トップページ | 最高の魚介類を堪能! 南伊予の春(その2) »