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東京アンダーグラウンド Vo.1 

という事で、今度は昼間に回ってきた。

この前、中に入れなかった浄閑寺へ。
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寺の前にある三叉路の右側の道路に、山谷掘(水路)があった。
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古地図を観ると、手に取るように解る。
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船に乗せられた遊女の遺体は、この山谷掘を通って浄閑寺まで来たのだ。

これは、門の脇に鎮座する地蔵。
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吉原遊廓「四つ目屋」の遊女・小夜衣を供養する為に建立されたものと伝えられる。
※小夜衣は、妓楼の主人から放火の罪を着せられ、火炙りの刑に処された薄幸の遊女。

バックに聳えるマンションと墓石のコントラストが、何ともいえない雰囲気を醸している。
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この日は曇天という最高の天気。(アングラな場所を回るには曇天が一番良い)

さて、墓地の中へ・・・
「史蹟」となっているところが凄い!関西だったら考えにくい事だ。
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東京の奥深さは、京都や奈良とは別のところにある。

墓地へ入った所のすぐ右手にあるのは、吉原遊廓・悲劇の花魁「若紫」の墓。
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若紫は、浪花(大阪)出身。本名:勝田のぶ子。
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明治31年、満16歳の時に吉原へ。
麗人とも言うべき美しさ&知性に高額の値が付き、名門・角海老楼へ預けられる。
店出しの時に与えられた「若紫」という名は、源氏物語に登場する女主人公の事で、
最高クラスの花魁にだけに与えられる特別な名前だった。
若紫は、遊廓という苦界に身を置きながら、信じ難いほど優しく、辛い態度を一切見せない“張り”があった。
通常、年季が明けるのは10年と言われるが、圧倒的人気を誇る若紫の年季は、僅か5年で明けた。
当然、身請け話もあったが、全て断った。
若紫には恋人がいたのだ。
年季が明ければ、晴れて恋人と一緒になれたのだが・・・
あと5日で年季が明けるという時に、精神を病んだ客に惨殺されてしまう。(享年22)
哀れな死を不憫に思った角海老楼が、わざわざ墓を建てた。
(遊女の為に墓が建てられるのは稀)

このように、「角海老」(角海老楼)の文字が刻まれている。
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因みに、昭和初期までの浄閑寺は手入れが行き届いておらず、土の中から骨が飛び出し、
雨がそぼ降る夕暮れには、鬼火(リンから発生)の飛ぶ事があったらしい。
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こちらは、本庄兄弟の首洗い井戸。(この話も悲惨すぎる)
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そのすぐ傍には、琵琶を弾く女の像があった。
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どんな謂れがあるのだろう?


そして・・・・・ これが、ずっと見たかった「新吉原総霊塔」。
ここに、約2万人の遊女が葬られているそうだ。
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「投げ込み寺」の名の通り、実際に遊女が投げ込まれた事もあったそうだが、
それは、「足抜け」や「心中」など、“吉原の掟”を破った場合のみ。
「人間」として葬ると祟られるので、犬や猫のように扱って畜生道に落とし、
丸裸にした遺体を荒菰に巻いて投げ込んだと言われている。
(関東大震災や東京大空襲で亡くなった遊女たちも投げ込まれた)
それ以外の遊女は、法要を営んで普通に供養してもらったのだろうか?(そうだったら安心だが)
台座には、「生まれては苦界 死しては浄閑寺」という、有名な句が刻まれている。

台座窓から、遊女たちの骨壷が見える。
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この本は、天才写真家・アラーキー(荒木経惟)と、江戸風俗研究家・漫画家の杉浦日向子が共作した「東京観音」。
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これは、浄閑寺に関する箇所。(読まれたし)
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「子供の頃、供養塔に乗って遊んでたんだもんね。
インディアンごっことかして。
塔の中の、遊女たちの骨が散らばってるところにだって、カギなんかかかってなかったんだよ。
自由に出たり入ったりして、骨投げ合いっこしたりもしてたんだ」(アラーキー)

「それはいいことしましたね、荒木さん。
投げ込み寺のおねえさんたち(遊女)だってうれしかったんじゃないですか。
冷たい地下で、ひっそりさみしく死んでるよりは、少年になぶられてたほうが、華やいで楽しかったと思いますよ」(杉浦日向子)

総霊塔の前にあるのは、文豪・永井荷風の詩碑と筆塚。
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荷風は、遊女の哀しく短い人生に深い感慨を抱き、度々この寺を訪れた。
死んだらここに墓を建てて欲しいとまで言い残した。
さすがに文化勲章者をこのような寺に葬るわけにはいかなかったので、
谷崎潤一郎や森鴎外の長男・於菟らの手により、詩碑と筆塚が建てられた。

「前に撮影のときにここにソープ嬢連れてきて、頬ずりさせたんだよね」(アラーキー)
「それはいい供養でしたねえ。お礼に、あの世から顔出さなきゃね」(杉浦日向子)


荷風は、江戸の残り香を、その鋭敏な臭覚で嗅ぎ取り、類稀なる想像力を用いて市井に投影し、愉悦した。
我々が荷風のように遊ぶ事は絶望的に難しいが、多大なる好奇心と妄想力を以ってすれば、不可能な事ではないと思う。
街の風景が変わるのは早い。
この三ノ輪、その先の山谷(日本第二のドヤ街)、千住、浅草・・・
味わい深い江戸・下町の風景が、理念の無い再開発(区画整理)で破壊されている。
京都や奈良のような都市でさえ、街の景観は守られていない。
東京の下町(江戸・明治・大正・昭和を感じられる場所)だって、刻一刻と失われている。
今のうちに見ておかないと、京都の橋本遊廓址みたいになってしまうだろう。

【Vo.2へ続く】

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